地域ショールームの新規出店の仕事を担当していた頃。
毎週の様に飛行機や新幹線に乗っ ていました。
北は北海道、南は沖縄まで・・・
仕事で訪れたことがない都道府県は4箇所のみと成ってしまいました。
おかげであれだけ地理の勉強で、うろ覚えだった日本地図上の各県の位置や
県庁所在地が頭のにインプットされました。
人は経験と必要に迫られると以外と出来るものです。
但し、多くは日帰りの
「とんぼ返りの日々」です。朝一番で現地に向かいます。

現地で担当部署の人や業者と打合せや候補地の調査を行い、
最終便で東京に戻るという具合でした。
私の今の目標は、
いつかプライベートで、かつて歩いた各地を訪れることです。
当時も限られた時間の中で、出来るだけ現地の人の生活に触れるべく、
市内を歩いてタウンウァッチしたり県民性に触れることを意識しました。
沖縄には石垣も含め15回飛びました。
ある時、少し時間に余裕ができたので、那覇空港から(当時は2階建て建物)、
国際通りまで、市内循環のバスに乗りました。
お客さんは少なく、運転手さんと男性のお年寄りが会話していました。
・・が、二人の会話がたったの一言も
「理解ができません」。
なまり、なんてものでは 無いんです。言葉そのものが違う。
まるで外国語・・・。
同じ経験は青物県の津軽でもありました。
そのときは、荷かごを背負ったおばあさん同士の会話でした。
狭い日本そんなに・・とはいいますがいやいやそんなことは無い・・とつくづく実感しました。

その当時の仕事の足跡が、現在全国に60数箇所以上の施設となり毎日稼動しています。
私は東京、大阪、札幌などの大型施設を加え14箇所の開設まででしたが、
後に担当した方々が当初の計画を現在の開設まで引き上げてくれました。
いま各地域で、建物を検討するユーザーの方がショールームで実物を確認しながら
検討をする光景が現実のものとなりました。
あの準備室から一つのトレンドの流れの実現に、20年あまりの「とき」を要したことに
なります。
そしてそこでは、あの時に経験した「その地域の言葉」が飛び交っていることでしょう。
因みに、当時お世話になっていた企業は現在、連結で1兆円の年商規模になっています。
同業他社の追従を許さない差別化・・・は、将来を見据えた「ユーザーの」思いを具現化する
ことによってのみ実現できるのだなぁ・・と実感している今日この頃です。
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こんな私と一緒に、皆さんの
「ご家族の幸福の城」の検討をなさいませんか?
是非、お気軽にお声をかけてください。ご指名
「大歓迎」です。
お会いできる日を楽しみにしています。
スズコー
営業課 Akagami Masao